こんにちは!
今日は、Saucy Dogの「シンデレラボーイ」を徹底的に考察し、歌詞の意味を解説します!
男女の別れについて、女性の目線から切なく描かれた本楽曲。
少し生々しい描写もあり、彼氏と別れた女性の素直な気持ちがうたわれています。
そんな本楽曲の魅力に、歌詞考察の観点から迫っていきたいと思います!
Saucy Dog初となる、完全女性目線の楽曲
Vo,Gをつとめる石原慎也は、インタビューで次のように答えています。
石原 そうなんです。Dメロだけに女性目線の歌詞が入っていることなどは多かったんですけど、今回は全編通して女性目線で書きました。あまりよくない恋愛をして自分が傷付いたときがあって、なんとなく男目線で書くのは違うと思い、それなら女性目線で書いてみようと。あと友達に恋愛相談をされることがよくあって、その話を聞いて自分だったらこうかなと思った言葉も入っています。
https://natalie.mu/music/pp/saucydog04/page/2 より引用(2021年12月20日閲覧)
石原は、「あまりよくない恋愛」経験を表現するために、女性目線で歌詞を書いたようです。
先にも言ったように、本楽曲では少し生々しい表現が使われることがあります。
ピュアですっきりとした恋愛ソングではなく、きれいごとだけでは済まされない、リアリティのある歌詞が展開されています。
石原のインタビューでの言葉も加味しながら、歌詞の意味を見ていきましょう!
歌詞の意味
1番
頭じゃわかっていても
Saucy Dog「シンデレラボーイ」-作成:Shinya Isihara
心が追いつかない
カラダは単純なのね
男なら尚更ね あぁあ

ここでは、別れてしまった彼氏と、「あたし」の関係性について描かれています。
主人公である「あたし」は、彼氏と別れたにもかかわらず、カラダの関係を続けてしまいます。
“頭じゃわかっていても”
という歌詞からもわかるように、理性では元カレと“カラダの関係”を持つことは良くないと「あたし」は考えています。
しかし、「あたしの心」、つまり本心は、理性とは反対の行動をとってしまいます。そんな気持ちが現れたのが、“カラダは単純なのね“という歌詞です。
そして、それは元カレも同じようで、むしろ「あたし」よりもっと「カラダは単純」なようです。
こういった関係はよくないとわかっていながらも、やめられない「あたし」の気持ちが表れています。
夜な夜なゆらゆらいでも
Saucy Dog「シンデレラボーイ」-作成:Shinya Isihara
未だに君がいちばん
最低で大好きだった
なんでかなムカつくわ。もう
忘れちゃいたいのに
ずっと傷つけられてばっかだったのに
ここでは、元カレに対する「あたし」の気持ちが描かれています。
“夜な夜なゆらゆらいでも”
=「夜な夜な考えてみても」
「あたし」は、「夜な夜な考えてみても」いまだに元カレのことを忘れられません。
「あたし」は元カレのことを「最低」と表現しています。
これこそが別れた理由であると考えられるのですが、同時に「大好きだった」ことも、「あたし」にとって事実です。
”なんでかなムカつくわ。もう”
歌詞にある「ムカつく」は、元カレに対しても、なかなか関係をやめられない「あたし」自身に対しても言っていると思われます。
“忘れちゃいたいのに ずっと傷つけられてばっかだったのに”
という歌詞では「のに」という言葉が使われており、いまだに元カレのことを忘れられない「あたし」の様子が表現されています。
シンデレラボーイ 0時を回って
Saucy Dog「シンデレラボーイ」-作成:Shinya Isihara
腕の中であたしを泣かせないで
気づかないふりをしてそのまま
つけるタバコが大嫌い
ここでは、元カレに対する「あたし」の本音が描かれています。
カラダを重ねている間の幸せも、ひとたび終わってしまえば「カラダだけの関係」という現実が襲ってきます。まるで、0時で魔法が切れてしまう、シンデレラのように。
”気づかないふりをしてそのまま
つけるタバコが大嫌い”
そんな事実もあり、行為の後悲しんでいる「あたし」ですが、元カレは気に留めません。気づかないふりをしてタバコを吸う元カレのことを、「あたし」は「大嫌い」と言います。
2番
濡れたままのバスタオル
Saucy Dog「シンデレラボーイ」-作成:Shinya Isihara
浴室にかけた8時
散らかった部屋にはひとり
またカラダ許してしまったな

ここでは、元カレとカラダを重ねた翌日の「あたし」の様子が描かれています。
“濡れたままのバスタオル 浴室にかけた8時”
という歌詞から、元カレはシャワーを済ませ、帰ってしまったようです。散らかった部屋に一人でいると、“またカラダ許してしまったな”という後悔の念がわいてきます。
良くないことだとはわかっていながらも、拒否することができない「あたし」の哀愁が表現されています。
あなたがいなくなっても
Saucy Dog「シンデレラボーイ」-作成:Shinya Isihara
あたしは平気そうです
連絡はたまにするね
意地悪くらいさせてよね
嘘くらいせめてちゃんと
次は上手につかなきゃね
ここでは、「あたし」が元カレについた嘘の内容が描かれています。
“あなたがいなくなっても あたしは平気そうです”
とは言ったものの、本心では切なさや悲しみを感じている「あたし」。元カレに対して、強がりにも似た嘘をついてしまいます。
“連絡はたまにするね 意地悪くらいさせてよね”
という歌詞も、カラダだけの関係を許容している元カレに対する、強がりになっています。
そして「あたし」は、「つくならもう少しましな嘘をつかなきゃ。」と、自虐的な気持ちになります。
あたしの前だけで弱さを見せて
Saucy Dog「シンデレラボーイ」-作成:Shinya Isihara
無邪気な顔で呼んでみて
あなたの瞳 独占させ
誰も見ないでいて欲しかっただけ
死んで
ここでは、「あたし」の本当の気持ちが描かれています。
“あたしの前だけで弱さを見せて
無邪気な顔で呼んでみて
あなたの瞳 独占させて”
という歌詞に現れる願いは、付き合っているときに実現できなかったのでしょう。こういったところから、次第に二人の距離が離れていったのかもしれません。
“誰も見ないでいて欲しかっただけ”
という歌詞から推測するに、もしかすると別れの原因は、元カレの浮気かもしれませんね。
「死んで」という言葉は「シンデレラ」とかかっており、「あたし」の何とも言えない哀しさが表れています。
2番以降
シンデレラボーイ0時を回って
Saucy Dog「シンデレラボーイ」-作成:Shinya Isihara
腕の中であたしを泣かせないで
気づかないふりをしてそのまま
つけるタバコが大嫌い
1番と同じ内容のため、省略します!
好きって言わんでよ 愛しても無いのに
Saucy Dog「シンデレラボーイ」-作成:Shinya Isihara
瞳の奥、あたしを捕まえて
気づかないふりをしてそのまま
騙されてあげていたの
ここでは、「あたし」の哀しみが表現されています。
”好きって言わんでよ 愛しても無いのに”
本当は「あたし」だけを見てほしい、けれど元カレは「あたし」のことを愛していません。カラダを重ねるときにだけ言う無責任な「好き」が、「あたし」をより一層切ない気持ちにさせます。
”気づかないふりをしてそのまま
騙されてあげていたの”
そして、「気づかないふり」をしていたのは、元カレだけでなく、「あたし」もでした。騙されたふりをしてでも、元カレのそばから離れたくなかったのです。
本当は愛してほしいという、切ない「あたし」の気持ちが見て取れます。
考察
相反する「頭」と「心」と「カラダ」
本楽曲の歌いだしは、このように始まっています。
頭じゃわかっていても
Saucy Dog「シンデレラボーイ」-作成:Shinya Isihara
心が追いつかない
カラダは単純なのね
男なら尚更ね あぁあ
歌詞を見てみると、「頭」「心」「カラダ」はそれぞれ独立しており、相反する関係であることがわかります。
頭
別れたのにもかかわらず、カラダだけの関係という、良くない関係に対する「理性」
心
相手のことを愛している、好きという「気持ち」
カラダ
単純な快楽を求める「本能」
といった感じです。それぞれ別々の作用をする要素が、「あたし」の中に混同しています。
だからこそ「あたし」は、元カレのことを「最低」「大嫌い」と言いながらも、関係を終わらせることができないのではないでしょうか。
なぜ本楽曲は女性目線で描かれたのか

先に考察した「頭」「心」「カラダ」のバランスは、「あたし」と元カレで異なっています。
あたしの前だけで弱さを見せて
Saucy Dog「シンデレラボーイ」-作成:Shinya Isihara
無邪気な顔で呼んでみて
あなたの瞳 独占させて
誰も見ないでいて欲しかっただけ
上記の歌詞からわかるように、「あたし」の中では「カラダ」の関係よりも、「心」が強く存在しています。
一方元カレは、都合よく「好き」と言ったり、「あたし」の哀しみに気づかないふりをしているなど、どちらかというと「心」より「カラダ」が優先されている行動をしています。
このすれ違いが、「あたし」を苦しめている大きな要因です。
そして、そんな中「あたし」が「カラダ」の関係を続けることは、元カレの要求を受け入れているということになります。
男が「カラダ」を優先し、女が「心」を優先する。もちろん人による違いはあると思いますが、やはり一般論的にはこの構図が多いように思います。
「心」を優先する「あたし」が、しかたなく「カラダ」の関係を続けてしまうという切なさ。
これこそが、石原が描きたかった楽曲世界観であり、だからこそ女性目線の歌詞を書いたのではないでしょうか。
タイトルに込められた意味
本来、「シンデレラボーイ」とは、「一夜にして脚光を浴びた男性」を指す言葉ですが、本楽曲では異なった意味でこの言葉が用いられています。
「カラダ」の関係がある時間は、少しの間ですが、かつて愛し合っていたような感覚を「あたし」にもたらします。それは、まるで魔法のような時間です。
しかし、ひとたびコトが終わってしまえば、そんな魔法も解けてしまいます。そんな様子を0時で魔法が解けてしまうシンデレラに例えた表現が、タイトルに用いられていると考えられます。
また、原作のシンデレラは魔法が解けた後、王子様と結ばれます。
本物のシンデレラは、「あたし」と比べてあまりにも幸せです。これによって、「あたし」の切なさがより一層際立ちます。
こういった理由もまた、「シンデレラ」という言葉をタイトルに用いた理由なのではないでしょうか。
筆者感想
非常に切ないながらも、切ないだけではなく、どこか生々しく、哀愁を感じる楽曲でした。
一般的に言えば、2人の関係は「良くないもの」ですが、だからと言ってどうしようもない。
なんというか、恋愛の黒い部分を感じました。単純な失恋の哀しみや、切ない未練の気持ちと比べると、なんとも中途半端で、複雑な恋模様が、本楽曲では描かれていました。
こういった複雑な感情をうまく表現し、切ないだけじゃない、生々しいだけじゃないという「~だけじゃない」表現は難しいと思いますが、本楽曲ではうまくまとめられていました。
本楽曲の人気の理由が、歌詞の観点からわかりました。
今回も、非常に読み応えのある歌詞だったと思いました。
この記事の感想やご意見など、是非コメント欄までお待ちしております!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
それでは(@^^)/~~~
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