こんにちは!
今日は、優里の「ミズキリ」を徹底的に考察し、歌詞の意味を解説します!
ドラマ『SUPER RICH』の挿入歌である本楽曲。
「ミズキリ」という言葉の意味と、込められた思いは必見!
なぜタイトルがカタカナなのかも考察します。
それでは、いってみましょう!
「水切り」は生け花の用語

「水切り」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。
川や池に石を投げてはねさせる遊びを考える人も多いのではないでしょうか。
しかし、歌詞を考察してみると、優里は違う「水切り」を表現していると推測できます。
それは、生け花にする「水切り」という手法です。
生け花において水切りとは、花を長持ちさせるために行う手法です。
手順としては、花の茎を水中で切る。こうすることで、花は新鮮な水を吸い上げ、長く生きることができるのです。
なぜ生け花の「水切り」を指していると考えたのかについては、【歌詞の意味】と【考察】にて述べたいと思います!
とりあえず現段階では、この記事内で「水切り」は、生け花の水切りのことを指す、と思ってもらえれば幸いです。
それでは、歌詞の意味を見ていきましょう!
歌詞の意味
1番
恋はどんなことでさえも
優里「ミズキリ」-作成:優里
超えていけると
思える日が来るだなんて
思わなくて
住んでる世界が違うのかな
なんて君を遠く感じていた
だけど今 触れる

ここでは、「君」を好きになった時の主人公の気持ちが描かれています。
“恋はどんなことでさえも
超えていけると
思える日が来るだなんて
思わなくて”
という歌詞からは、これまでの主人公の恋愛観が見て取れます。
“恋はどんなことでさえも超えていける”と思っていなかった主人公。
恋愛にはそれほど関心がなかったり、恋愛の力を信じていなかった人物であったことがわかります。
しかし、それを覆してしまったのが、「君」という存在なのです。
主人公は「君」に近づくことはできないと思っていましたが、“だけど今 触れる”という歌詞から、2人は結ばれたのではないかと思われます。
萎れかけた花に熱を
優里「ミズキリ」-作成:優里
与えたの
世界が変わるほどに
奇跡のように
ここでは、恋をした時に生まれた主人公の変化が描かれています。
“萎れかけた花に熱を
与えたの”
この歌詞は「水切り」にちなんだ、花を使った表現になっています。
“萎れかけた花”とは、主人公の恋心でしょう。恋という大きな力に対する、主人公の過小評価。
それを熱くさせたのが「君」という存在なのです。
先の歌詞にもあったような、主人公の恋愛観を「君」が変えた様子がここでも描かれています。
そしてその辺かは、世界すらも変わって見えるほどの“奇跡”だったと主人公は言います。
あなただけが瞳に映るの
優里「ミズキリ」-作成:優里
眼を閉じれば傍に居るの
全ての事を超えていくために
ウシロムキは水切りしよう
ここでは、恋心を大切にしたいと思う主人公の気持ちが描かれています。
「あなた」のことだけが目に映る主人公。
目を閉じれば、いつも心の中には「あなた」がいます。
“全ての事を超えていくために
ウシロムキは水切りしよう”
はじめは、“恋はどんなことでさえも超えていける”と思っていなかった主人公。
今は、どんなことでも「あなた」と一緒に超えていきたいと願っています。
“ウシロムキ”がカタカナ表記なのは、「水切り」にちなんだ花の表現にしたかったからだと考えられます。
花をはじめとする植物は、学術的に記述するときに、カタカナ表記にしたりしますよね。
この歌詞でも、「ウシロムキという花」といった意味が込められていると考えられます。
“萎れかけた花”という歌詞で表現された、主人公の恋心。
この花を長持ちさせるために、まずは後ろ向きな気持ちから切っていこうという思いが込められた歌詞であると考えられます。
2番
さよならの後 振り返って君が笑う
優里「ミズキリ」-作成:優里
いつまでそこに居るの
なんて思いながら
出来れば帰りたくはないな
なんて君を遠く感じていた
手と手が触れ合う
もう二度と誰かのこと
好きになるなんて
ないと思ってた 間違いだね

ここでは、主人公の恋心が募っていった描写が描かれています。
さよならをした後、いつまでもそこで笑っている「君」。
“出来れば帰りたくはないな”という歌詞は、主人公の本音です。
「はよ帰れや!」なんて言いながらも、本心では離れたくない主人公の様子が目に浮かびます。
“なんて君を遠く感じていた
手と手が触れ合う”
これまでは「一緒に居たい」という本音を伝えられなかった主人公ですが、今は「君」の手に触れることができます。
やはり、2人は結ばれたと考えるのが妥当ですね。
もう人のことを好きになるなんて思っていなかった主人公ですが、「君」との出会いがすべてを覆したのです。
あなただけが瞳に映るの
優里「ミズキリ」-作成:優里
眼を閉じれば傍に居るの
全ての事を超えていくために
ウシロムキは水切りしよう
上記にて分析したため省略します!
2番以降
そんな眼をしないで
優里「ミズキリ」-作成:優里
次に会う時の分までキスしよう
戸惑いもすれ違いも
引き裂けやしないよ
ここでは、主人公のリア充っぷりが表現されています。
“そんな眼をしないで
次に会う時の分までキスしよう”
別れの時、悲しそうな目で見つめる「君」。
2番の歌詞にあった、“さよならの後 振り返って君が笑う”とは対照的です。
この時には、2人はまだ結ばれていないと思われます。
結ばれたからこそ、別れの時が寂しくなる。
主人公は「君」を励まそうと、キスをします。
“戸惑いもすれ違いも
引き裂けやしないよ”
という歌詞には、主人公の心境の変化が良く表れています。
過去の主人公なら、こんなセリフは出てこなかったでしょう。
どんなことがあろうと、2人で乗り越えていきたいという主人公の決意が感じられる歌詞です。
あなただけが瞳に映るの
優里「ミズキリ」-作成:優里
眼を閉じれば傍に居るの
全ての事を超えていくために
ウシロムキは水切りしよう
上記にて分析したため省略します!
考察
生け花の「水切り」だという根拠
【歌詞の意味】では、「水切り」が生け花の用語であるという前提で解釈を進めました。
ここでは、そのようにした根拠を3つ紹介します。
“ウシロムキ”のカタカナ表記
これが、一番大きな根拠です。
わざわざカタカナ表記にしたのには、何か理由があるはずだという考えから、筆者の考察は始まりました。
先にも説明した、花や植物の学術的な表記方法であるカタカナ。
「水切り」が花に由来する表現だということを表すために、「後ろ向き」をカタカナ表記にしたと考えるのが妥当であると考えました。
“萎れかけた花”という歌詞
本楽曲で描かれたのは、「恋愛に関心のなかった主人公が、君との出会いを通して現れた気持ちの変化」でした。
“萎れかけた花”という歌詞は、かつての主人公を表した言葉です。
楽曲の大きなテーマに対して花の表現を使ったのは、やはり「水切り」が花に由来する表現だからなのではないでしょうか。
『壱』のアルバムトレーラー

本楽曲が収録されたアルバム『壱』のトレーラーでは、収録曲がそれぞれ紹介されていました。
他の楽曲ではPVやライブ映像などが使われていましたが、「ミズキリ」にはイメージPVのようなものがありません。
では、何が映っていたかというと、そこには一面の花の映像がありました。
以下よりご確認いただけます。(0:52~)
おそらく映っている花は、「デイジー」です。
映像が淡い色なので、確かではありませんが…
ちなみにデイジーの花言葉は「希望」です。
主人公にとって、まさに「希望」ともいえる「君」という存在。
楽曲内の分析ではありませんが、これも大きな根拠になるのではないかと思います。
「ミズキリ」というカタカナ表記の理由
上の考察で、「水切り」が指す内容が花に由来するものであることの根拠を述べました。
そのように考えると、「ミズキリ」というカタカナ表記は、我々聞き手に対する優里のヒントのような役割を果たしているのではないかと考えられます。
筆者自身も、「ミズキリとウシロムキ、なぜカタカナなんだ?なんか理由ありそうだぞ!」と考え、本記事の執筆に至りました。
「ウシロムキ」だけでも「ミズキリ」だけでも、もしかしたら気が付かなかったかもしれません。
タイトルがカタカナの理由は、こういったところにあるのだと考えられます。
筆者の感想
またおしゃれすぎる仕掛けを…
この記事の考察が間違っている可能性ももちろんあります。
しかし、このように考察の深みが出てくるのも、この楽曲の魅力であると感じています。
皆さんは、この楽曲の「ミズキリ」が指す意味、どう感じたでしょうか?
考え方の違いこそ、歌詞考察で一番面白いところです。
「どっちがただしい!」とかではなく、考え方の違いを楽しむ。
この記事が、「ミズキリ」という楽曲について考える一つのきっかけとなれば幸いです。
この記事の感想やご意見など、是非コメント欄までお待ちしております!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
それでは(@^^)/~~~
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